潰瘍性大腸炎の新薬:カログラ錠
炎症性腸疾患(IBD:潰瘍性大腸炎とクローン病)の治療は、日々進歩しています。
今後もさらに新薬が承認される予定ですが、2022年の春にまず2つの新薬が承認されました。
その1つが潰瘍性大腸炎(UC)の新たな治療薬、カログラ(カロテグラスト)です。
カログラは「インテグリン阻害薬」というジャンルに分類されるお薬です。
インテグリン阻害薬としては、すでにエンタイビオ(ベドリズマブ:α4β7インテグリン阻害薬)という点滴で投与するお薬(生物学的製剤)が、IBDの治療として承認されています。
今回新たに承認されたカログラは、日本で開発された世界初のインテグリンを阻害する飲み薬(低分子化合物)です。
点滴を受ける手間がない飲み薬である点は、患者さんにとって大きなメリットです。
では、「インテグリン」とは何ぞや?というところから。
IBDの患者さんの腸では、リンパ球などの免役を担当する白血球が、過剰に集まることによって炎症が引き起こされています。
血管の中を猛烈な勢いで流れている白血球が、腸に集まって炎症を引き起こすためには、急ブレーキをかけて止まり、血管の壁を通りぬけて腸に染み出す必要があります。
そこに大きく関わるのが「接着分子」という物質です。
リンパ球などの白血球の表面には「インテグリン」という接着分子が、一方の血管の壁には「MAdCAM-1」や「VCAM-1」といった接着分子が発現しています。
この2つの接着分子同士が強固に引っ付き、白血球が血管の壁を通り抜けて腸の粘膜に染み出し、炎症が引き起こされるのです。
カログラは、リンパ球の表面に発現している「α4β1インテグリン」と「α4β7インテグリン」という2つの接着分子の働きを抑えます。
炎症を引き起こす大元である活性化したリンパ球が、大腸の粘膜に過剰に集まらないようにすることで、潰瘍性大腸炎の炎症を抑えるわけです。
カログラが適応となるのは、5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA:ペンタサ、アサコール、リアルダ)による効果が不十分な中等症のUC患者さんです。
今まで、5-ASAによる治療では炎症が抑えきれない場合の次の治療は、基本的にステロイドしかありませんでした。
ステロイドが効かない、あるいはステロイドが止められない「難治」の方に対する治療はどんどん選択肢が増えてきていますが、実は5-ASAが効かないときの次という位置付けの治療薬は、必要とする患者さんが多い割には開発が進んできませんでした。
ご存じのように、ステロイドにはさまざまな副作用が生じる可能性があります。
「できればステロイドは使いたくない・・・。」という方も少なくありません。
カログラは、
・5-ASA製剤だけではすっきりと治らない
・ちょい悪(軽症よりの中等症)状態でくすぶっている
といったUCの患者さんに、ステロイドを使う前に試すことができます。
短期間で劇的に効くようなタイプの薬ではありませんが、「ちょい悪」程度のひどくない炎症なら十分に抑えてくれることが期待できます。
「簡便な飲み薬で、ステロイドの代わりに炎症が抑えられるなんていいことばかりじゃないか!」・・・と、思われるかも知れませんが、このお薬にはいくつか難点もあります。
ひとつは、薬の量がやたら多いことです。
カログラは1回8錠を毎食後、1日でなんと合計24錠!!の薬を服用する必要があります。
これが1日分・・・ではなく1回分。
しかも、錠剤はそこそこ大きめです。(縦17.0mm、横7.5mm、厚さ5.9mm)
リアルダを飲んだことがある人には、それより一回り小さいぐらいと言えば分かりやすいでしょうか。
これでは「簡便な飲み薬です!」とは、言いにくいですよねぇ・・・。
いくら薬を飲みなれているUCの患者さんとは言え、ちょっとしたハードルです。
そして、決してお安い薬ではありません。
一錠が200円。ということは、1日で4,800円。1ヶ月で約15万円。
もちろん、特定疾患の受給者証をお持ちの場合は、この3割を直接負担するわけではありませんし、昨今の生物学的製剤に比べると、これでも随分とお安いわけですが・・・。
ちなみに、ステロイドの内服薬であるプレドニン錠5mgの薬価は一錠で9.8円。
ちなみに、生物学的製剤のステラーラは2〜3ヶ月毎に打つ1回分の注射が約76万円。
この格差よ・・・。
また、カログラに限らず、すべての新薬は薬価収載の翌月から1年間は原則として1回14日分までしか処方できないルールがありますので、このお薬の治療を始める方はしばらくの間2週毎に通院が必要になります。
あと、このお薬の注意点および特徴として、寛解の維持のためには投与をしないことが挙げられます。
つまりカログラは、ステロイドと同じように活動期に炎症を抑える「寛解導入」だけを目的としたお薬だということです。
カログラを使う期間の目安は、通常は8週〜12週間。最大で6ヶ月までです。
同じインテグリン阻害剤でも、寛解の導入〜維持にまで適応があるエンタイビオとは違います。
では、なぜカログラは長く使わない方が良いのでしょうか?
それは、万が一のための安全性の観点からです。
誤解の無いようにしていただきたいのは、カログラが副作用の強い薬だということでは決してありません。
むしろ、起こりうる副作用の多くは、肝機能異常や頭痛、吐き気、白血球数増加、関節痛、上気道炎といった軽微なもので、その頻度も1〜5%未満と多くありません。
ステロイドに比べると安全性が高く、それほど困る副作用はまず起こらないと言えます。
ですが、長く飲み続ける場合に1つだけ懸念があります。
重大な副作用として挙げられている進行性多巣性白質脳症(PML)という病気が、「理論上」は起こり得るからです。
大人になるまでに8〜9割の人に感染し、知らない間に体の中に潜んでいるJCウイルスというウイルスがいます。
このウイルスに感染しても、普通は無症状で一生何もおこりません。
ですが、体の免疫力が極端に衰えると、ウイルスが再活性化して厄介な脳の感染症が引き起こされ、麻痺、認知障害、意識障害など症状が現れることがあります。
これが、PMLです。
日本での発症頻度は0.9人/1000万人、つまり万が一というより、1000万が一という極めて稀な病気で、エイズや抗がん剤治療中などの特殊な免疫抑制状態でしか発症しません。
ところが、中枢神経の病気の治療で使われるα4β1インテグリンを抑える生物学的製剤(ナタリズマブ)の長期の投与中に、PMLが発症したという報告あります。
エンタイビオ(ベドリズマブ)は、腸へのリンパ球浸潤に関わる「α4β7インテグリン」だけを抑え、腸の免疫に選択的に働きかけるために、PMLが生じる懸念はほぼありません。
一方で、カログラは腸に関わる「α4β7インテグリン」だけでなく、中枢神経や皮膚など他の臓器へのリンパ球浸潤に関わる「α4β1インテグリン」も同時に抑えるため、ごく稀な確率と考えられるものの、PMLが発症する可能性を完全には否定できません。
そこで、投与の期限を設定することで、安全性を担保しているのです。
実際には、今までに行われてきたカログラの臨床試験において、UC患者さんにPMLが発症したという報告はありません。
そして、他の感染症に関しても、カログラは感染症の発現率がプラセボと大きく変わらず、とても安全だと言えます。
このように、カログラという新薬は、同じインテグリン阻害薬であるエンタイビオが単に経口薬になった・・・というお薬ではありません。
作用するところは似ていても、適応する患者さんが違いますし、安全性に対する考え方や投与する期間も違います。
5-ASA製剤を使っても残ってしまったひどくない炎症に対して、
ステロイドの前に、
期間を絞ってサッと使う、
というのがこのお薬のポイントです。
西宮市田中町5-2西宮駅前メディカルビル3F
「ひだ胃腸内視鏡クリニック」院長 樋田信幸の公式ブログ
日本消化器内視鏡学会専門医
日本消化器病学会専門医、評議員
日本消化管学会胃腸科専門医