ウォシュレットの弊害:洗いすぎにご用心
「おしりだって洗ってほしい」
不思議キャラの戸川純さんを起用した強烈なインパクトのテレビマーシャルによって、ウォッシュレット(一般名は温水洗浄便座)が一躍脚光を浴びることとなりました。
わたしが小学6年生だった、1982年のことです。
コピーライターの神様と呼ばれる仲畑貴志さんが考えたこの有名なキャッチコピーは、「おしりは拭くもの」というこれまでの常識から、「おしりは洗うもの」という新たな概念を刷り込むことにまんまと成功したわけで、プロのお仕事として見事という他ありません。
紙を浪費することなくおしりをきれいにでき、何より温かい水が気持ちいい・・・温水洗浄便座でおしりを洗うことは、日本人にとって今や当たり前の行為になりました。
日本の一般家庭における温水洗浄便座の普及率はなんと80%を越え、大抵の公共機関でも温水便座が完備されています。
海外から日本にやって来たセレブが病みつきになってしまうほど、日本が世界に誇る最高のトイレアイテムとして絶賛されるまでになりました。
ですが、使い方によっては「洗うことによる弊害」が少なからずあるという事実は、あまり知られていません。
わたしの「ウォシュレット初体験」は実は割と最近のことです。
それまでは「なんでおしりに温水なんて当てるねん。気色悪いわ。」と思っていました。
しかし、切れ痔のために、紙で拭くとおしりがめっちゃ痛い、真っ赤な血が付くという状態になり、やむにやまれずデビューを果たしたのです。
確か8年ぐらい前でしょうか。
禁断の封印を解いてしまうと、そこからはもうウォシュレットじゃないと絶対無理!というぐらいの依存状態。
ウォシュレットで洗えば、痛くないし血を見なくて済む・・・これ、最高やん。
ところが、徐々に変な癖がつき、ウォシュレットで刺激しないと便がすっきりと出にくくなってきました。
水圧が弱では刺激が物足らなく、おしりが痛くないぎりぎりまで水圧アップ!
すると、今度は時々おしりの周りがかゆくなってきた。
いやいや・・・なにかおかしいぞ・・・?
これでええんか?
みなさんは「温水洗浄便座症候群」という病名を聞いたことがあるでしょうか?
清潔にしているはずなのに、おしりのかゆみが治まらない、おしりが痛い・・・
実はそういった症状が、ウォシュレットによる「洗いすぎ」が原因となっている可能性があるのです。
「おしりのかゆみの原因は、便の拭き残し。不衛生だから。」と考えられがちですが、そうではないことが多々あります。
手や顔を洗いすぎると、かえってお肌に悪い。
頭皮をごしごし洗いすぎると、髪によくない。
・・・といったことは、みなさんもよく耳にされるでしょう。
これは、洗いすぎによって、皮膚を守ってくれている皮脂膜や常在菌が流されてしまうことによります。
皮脂のコーティングがなくなる、あるいは常在菌が流されて皮膚のpHが弱酸性から中性・アルカリ性に偏ると、皮膚は保水力や柔軟性を失います。
つまり、きれいにしようとした結果、逆に皮膚は潤いを無くし、乾燥してガサガサ、かゆくなったり、ぽろぽろ剥けたり、炎症を起こしたり、ひび割れしたりしてしまうのです。
おしりも全く同じことです。
温水で過剰に洗いすぎると、肛門の皮脂や常在菌が洗い流されてしまいます。
すると、おしりがかゆい、かさかさする、ひりひり痛む、べたべたするといった症状が引き起こされ、ひどくなるととおしりの周りの皮膚が乾燥と炎症によるただれでボロボロになってしまいます。
洗った後に温風で乾かす機能が付いているトイレもありますが、乾燥がさらにひどくなるだけですので、使用はお勧めしません。
おしりをきれいにしているつもりが、逆に汚くなるという皮肉な結果を招く可能性があります。
また、わたしのように「痔があるから紙で拭くよりウォシュレットの方がやさしくていいだろう。」と考えがちですが、水圧を強くして洗浄するという行為自体が、切れ痔を作ってしまっている場合もあります。
さらに、「便秘」の患者さんは誤ったウォシュレットの使い方をしている人が多いので、要注意です。
「いきんでも便が出てこないから、温水で刺激して便を出している。」という便秘の人は珍しくないでしょう。
なかなか便が出ないために、温水が出続ける20分という時間の限界まで、ずっとおしりを水圧最強で刺激し続けている・・・という強者までいます。
「便が出たあともまだスッキリしないから、温水で刺激して残った便を出している。」という人もたくさんおられるでしょう。
温水で刺激すると、水と一緒にちょろっとだけ便が出る。すると、まだ残っている感じがしてまた温水を当てる。また少し出る。でもスッキリしない・・・これの繰り返し。
これら、通称「ウォシュレット浣腸」とも呼ばれる行為は、アウトです。
そもそも温水は、おしりを「洗うため」のもので、便意を「刺激するため」のものではありません。
温水の刺激に頼っていると便がさらに出にくくなり、さらに刺激=水圧を強めるという悪循環に陥り、痔が悪化する原因にもなります。
「下着に便が付いてしまった。」「便が漏れてしまった」とおっしゃる患者さんの中には、このウォシュレット浣腸で直腸に残っていた「温水」が漏れ出ているだけという方もいらっしゃいます。
「自力で、1回で、すっきりと」という理想の排便できるように、普段の生活習慣・食生活を見直して改善する、あるいは適切な便秘薬の使用をしないと、なかなかこの習慣化したウォシュレット浣腸からは抜け出せません。
本来の「肛門をきれいにする」という目的だけならば、温水は3〜5秒当てれば十分なはず。
それ以上は、「洗いすぎ」です。
推奨する温水便座の設定は、以下の通りです。
・水圧:最弱
・水温:最低(常温)
・洗浄時間:5秒以内
・温風乾燥:使わない
洗った後は、トイレットペーパーで優しく押え拭きしましょう。
お尻を拭いていい回数は3回まで。
それ以上は、「拭きすぎ」です。
洗いすぎなくても「拭きすぎ」「こすりすぎ」は同じように繊細なおしりにダメージを与えます。
他の誰かと比べることのない密室での行為ですので、「普通」という基準が分からないかもしれませんが、「1回のトイレで10回以上拭いています!」という方は明らかに異常です。
「3回じゃきれいに拭ききれないよ・・・」という、そこのあなた!
拭いても拭いてもきれいにならないのは、便の状態が悪いためです。
便通を根本から改善する必要があります。
正しく排便できてさえいれば、おしりはそんなに汚れません。
お風呂でおしりをごしごし洗ったり、シャワーを直接当てる必要もありません。
洗いすぎるほどに、おしりは汚くなっていきます。
「温水洗浄便座症候群」は、ウォシュレットが全面普及した日本だけが抱えている現代病なのです。
本当にあなたのおしりは、「おしりだって洗ってほしい」なんて思っているのでしょうか?
おしりを洗うのは、ほどほどにしましょう。
西宮市田中町5-2西宮駅前メディカルビル3F
「ひだ胃腸内視鏡クリニック」院長 樋田信幸の公式ブログ
日本消化器内視鏡学会専門医
日本消化器病学会専門医、評議員
日本消化管学会胃腸科専門医