胃がんの新たな犯人?
胃がんの「犯人」として有名なのは、今や一般の方にもよく知られているピロリ菌。
日本人の胃がんの99%は、ピロリ菌の感染によって発生するとされています。
ただし、ピロリ菌に感染していてもみんながみんな、胃がんになるわけではありません。
また逆に、ピロリ菌に感染していないのに胃がんになる人(ピロリ菌未感染胃がん)も稀ながらおり、最近ではその数が増えてきていると言われています。
ピロリ菌以外の何らかの要因も、胃がんの発生に関わっているはずです。
そんな中、香港の研究チームから興味深い論文が発表されました。
Fu K, et al. Cell. 2024;187(4):882–896.
その内容は、なんと、ピロリ菌ではない別の「菌」が、胃がんの発生に関わっているかも知れないというもの。
その名もStreptococcus anginosus(ストレプトコッカス・アンギノーサス)。
・・・ジュラシック・パークに出てきそうな名前ですが、恐竜ではなくて「菌」。
しかもこの菌は、口腔内や鼻咽頭、消化管などに住み着いている常在菌。
つまり、幼少時に感染したかどうかが決まるピロリ菌とは違い、どなたの口の中にも必ずいる菌です。
胃の中は、強力な酸である胃酸に覆われているため、昔は「菌なんて生きていけない」環境だと考えられてきました。
ところが最近、胃粘膜にはピロリ菌の他にも、さまざまな微生物が住み着いていることが分かってきました。
S. anginosusもその1つ。
口から飲み込まれた後、胃の中の過酷な酸性の環境に耐えて生存・増殖し、胃粘膜にコロニーを形成することが可能なようです。
では、口から飲み込まれて胃に住み着いたS. anginosusは、胃がんの発生に関わっているのでしょうか?
この研究では、マウスを用いてS. anginosusと胃がんとのかかわりに関するさまざまな検討が行われました。
その結果、
・マウスにS. anginosus菌を投与して2週間後に調べると、ピロリ菌ほどではないが急性胃炎が起きた。
・さらに長期間投与し続けると、胃粘膜に持続的に感染し、ピロリ菌に匹敵する慢性胃炎を引き起こした。
・1年後には萎縮性胃炎、腸上皮化生および異形成を引き起こした。
さらに、この菌によって、
・胃細胞の増殖が促進される
・粘液細胞への化生が進む
・胃がん細胞をマウスに移植した際に腫瘍の成長を促進させる
ことなどが分かりました。
これらの研究結果は、S. anginosusという誰の口の中にもいるありふれた菌が、ピロリ菌と同様の過程で胃がんを発生させるポテンシャルがあるということを示唆しています。
あくまでも動物実験ですので、現時点では、本当にこの菌の影響で人に胃がんができるのかはまだ分かりません。
ただ、これからの「ピロリ菌未感染」世代の胃がんの発生を考えるうえで、興味深いことには間違いありません。
もしかすると、「胃がんの新たな犯人」かもしれない口腔内常在菌。
これからの胃がん予防戦略には、ピロリ菌感染のチェックや除菌治療だけでなく、定期的な口腔衛生管理、歯科治療などによって、口腔内の細菌叢を良好なバランスに保つことも、大切になってくるのかもしれません。
「ひだ胃腸内視鏡クリニック」院長 樋田信幸の公式ブログ
日本消化器内視鏡学会専門医
日本消化器病学会専門医、評議員
日本消化管学会胃腸科専門医
日本炎症性腸疾患学会専門医・指導医