潰瘍性大腸炎の新薬:ジセレカ錠
先週のブログに引き続き、潰瘍性大腸炎(UC)の新薬のお話です。
今日ご紹介するのは、ジセレカ(一般名:フィルゴチニブ)というお薬です。
ジセレカは「ヤヌスキナーゼ(Janus kinase:JAK)阻害薬」というジャンルに分類されます。
JAK阻害薬としては、すでにゼルヤンツ(一般名:トファシチニブ)というお薬がUCの治療として承認されています。
ジセレカはゼルヤンツよりも免疫を抑える範囲を限定することで、より安全性が高まったと考えられるJAK阻害薬です。
では、「JAK」とは何ぞや?というところから。
UCの患者さんの腸の中では、腸内細菌や食べものといった本来は攻撃しなくてよいものに対して、免疫を担当する細胞が過剰に反応してしまい、「攻撃しろ!炎症を起こせ!」という誤った情報をもったサイトカイン(情報伝達を担うタンパク質)が過剰に分泌されています。
サイトカインにはさまざま種類があり、TNF-αやIL-6などが炎症を起こすサイトカインの代表です。
分泌されたサイトカインは、炎症にかかわる細胞の受容体にくっつき、細胞の内に刺激を伝えます。最終的には細胞の中心にある核にまで刺激が伝わります。
すると、核の中でDNAが盛んに合成され、細胞が活性化したり、増えたり、炎症を起こすさまざまな物を作ったりします。
この時に、受容体の真下でサイトカインから受け取った刺激の伝達を真っ先に担うのが、JAK(ヤヌスキナーゼ)と呼ばれる酵素です。
JAKには、JAK1、JAK2、JAK3、チロシンキナーゼ2(TYK2)という4種類があり、サイトカインの種類によって、くっつく受容体と、その下で働く2つのJAKの組み合わせが決まっています。
(図:ジセレカのインタビューフォームより)
JAK阻害薬は、JAKの働きを抑えることで、サイトカインから受ける刺激の伝達を断つお薬です。
「炎症を起こせ!」という誤った情報が細胞に届いたとしても、伝達を遮断することで炎症が起こらなくなるのです。
レミケードやステラーラといったバイオ製剤(生物学的製剤)が細胞の外で特定のサイトカイン(TNFαやIL-12、IL-24など)にピンポイントに働いて炎症を抑えるのに対して、JAK阻害薬は1つのサイトカインだけでなく、複数のサイトカインの働きを細胞の内の伝達経路を断つことで抑えます。
すなわち、JAK阻害薬は、バイオ製剤よりも根っこの部分で、より広く免疫をコントロールする薬だと言えます。
そこで、JAK阻害薬は、ステロイドや免疫調節薬の効果が乏しい難治性のUC患者さんや、バイオ製剤の効果が乏しい患者さんにも効果が期待されています。
実際に、治験のデータからは、即効性があり、腸の炎症が早くよくなることが分かっています。
しかも、注射や点滴で投与されるバイオ製剤とは異なり、JAK阻害薬は飲み薬です。
「簡便な飲み薬で、早く効くなんて最高じゃないか!」
・・・と思われるかもしれませんが、残念ながら良いことばかりではありません。
サイトカインは炎症を起こすだけでなく、ウイルスなどの感染から守ったり、血液を作ったり、ヒトの体が健康な状態を維持していくためにも大切な働きをしています。
UCですでに使われているJAK阻害薬のゼルヤンツは、JAK1、JAK2、JAK3を阻害するお薬です。
とても良く効く反面、サイトカインの働きを広く抑えるために、帯状疱疹や血栓症、高コレステロール血症といった副作用が現れることがあります。
海外では、安全面に対する懸念から、バイオ製剤が無効な患者さんに限って使うように勧告が出され、ゼルヤンツは最後の武器的な位置付けになっていました。
一方で、今回新たに承認されたジセレカは、同じJAK阻害薬でも主にJAK1を選択的に阻害するタイプのお薬です。
長期に飲み続けた場合の副作用などはこれからの検証が必要ですが、先に適応されているリウマチ患者さんのデータを見ても、帯状疱疹などの副作用が出る確率は低いようです。
1日1回の簡便な飲み薬で、即効性があり、寛解導入から維持にまで使え、しかも副作用の懸念が少ない・・・
肝臓や腎臓の機能が悪い方、妊娠中や妊娠を希望されている場合には服用することができないなどの制約もありますが、なかなか病状が安定しない難治性のUC患者さんにとって、また1つ戦うための新たな武器が増えたことは、喜ばしい限りです。
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「ひだ胃腸内視鏡クリニック」院長 樋田信幸の公式ブログ
日本消化器内視鏡学会専門医
日本消化器病学会専門医、評議員
日本消化管学会胃腸科専門医