下痢とは「便に含まれる水分が多すぎる状態」のことです。
口から飲む水分が1日に2リットル、食べ物を消化するために分泌される唾液・胃液・腸液といった消化液が1日に7リットル、合わせて9リットルもの水分が毎日ヒトの腸を通ります。そのうちの99%が腸から体内へ吸収されるため、便として出ていく水分は残りのわずか1%(100g程度)です。この腸で行われる水分の出し入れのバランスが少しでも崩れると、簡単に下痢になってしまいます。
便と言うと固形物のイメージがあるかと思いますが、理想的とされるバナナ状の便であっても成分の70%~80%が水分です。水分量が80%~90%に増えると少し柔らかい状態の「軟便」になり、90%を超えると水のような「下痢便」の状態になります。
みなさんも、脂っこいものを食べ過ぎた時、香辛料など刺激の強い物を食べた時、お酒を飲み過ぎた時、体が冷えた時などに急な下痢を経験されることがよくあると思います。こういった下痢は、放っておいてもすぐに治ります。
気を付ける必要があるのは、急な下痢の中でも腹痛や発熱、嘔吐を伴うもの、経験したことがないような激しい下痢、便に血が混ざっている、脱水症状(尿が少ない・出ない、口が渇く)がある、症状が徐々に悪化していくまたは良くなる気配がないといった場合です。
また、3週間以上続く「慢性下痢」もさまざまな慢性の病気の可能性があるため、医療機関を受診することをお勧めします。
診察を受けるときには、次のようなことを伝えていただくと診断に役立ちます。
・下痢がいつから始まったのか
・下痢の状態(泥状、水っぽい)と1日の回数、下痢が多い時間帯
・腹痛・血便・発熱・嘔吐といった下痢以外の症状
・思い当たる原因(食べ物、周りに同じような症状の人がいる、ストレスなど)
・薬の服用の有無と種類
腸の動き(ぜん動運動)が活発になりすぎた時、腸から体内への水分の吸収がうまくいかない時、炎症などで腸からの水分の分泌が増えた時に下痢が起こります。
問診、腹部の診察、血液検査、便の潜血検査・培養検査、内視鏡検査(大腸カメラ)などによって下痢の原因を診断します。
下痢を起こす代表的な病気は、以下のようなものです。
急な下痢の原因として最も多いのが、細菌やウイルスの感染による急性胃腸炎(感染性腸炎)です。いわゆる食中毒ですね。
ノロウイルス、サルモネラ、カンピロバクター、病原性大腸菌といった病原体が食べ物を介して口から入り、腸の中で増殖することで食べてから数日後に発症します。腸に炎症が起きたり毒素が発生したりするため、腸からの分泌物が増えて下痢を起こします。
軽い場合には治療をしなくても数日で自然に治りますが、水分も摂れないような嘔吐があったり、発熱や血便などがみられたりする場合には、医療機関で適切な治療を受ける必要があります。
症状や便の培養検査などで診断を行います。
慢性の下痢の原因として最も多いのが過敏性腸症候群です。内視鏡検査(大腸カメラ)では腸に見た目の異常は何もないのに、お腹の痛みや不快感を伴う下痢や便秘などお通じの異常が数ヶ月間続く病気のことをいいます。症状が軽い人も含めれば、人口の1割以上の人がIBSだと言われています。
中でも良く知られているのが、学生や働き盛りの若い男性に多い下痢型のIBSです。緊張した時やストレスを感じた時に腸が過敏に動き、急にお腹がゴロゴロして下痢になってしまう、通勤電車でお腹が痛くなり便意に襲われて駅のトイレに駆け込む、といった症状が典型的です。
IBDとは、腸を中心とした消化管の粘膜に慢性の炎症がおきる病気のことで、一般的には、潰瘍性大腸炎とクローン病の2つの病気を指します。20歳代前後の若い方を中心に発症する病気で、症状の経過はさまざまですが、多くの方は再燃(悪くなること)と寛解(落ち着くこと)を繰り返します。
腸に炎症が起きると、そこから体液が滲み出し、また水分を十分に吸収できなくなるために慢性の下痢が起こります。下痢のほかにも、潰瘍性大腸炎の方は血便や腹痛、クローン病の方は腹痛、発熱、体重減少、肛門痛などの症状がみられます。
診断を確定するためには内視鏡検査(大腸カメラ)を行う必要があります。
虚血性大腸炎とは、大腸に血液を送っている細い血管の流れが悪くなり、粘膜が循環障害(虚血)を起こしてむくんだり、傷ついたりする病気です。血管の病気なので、何の前触れもなく突然に腹痛(とくに左下腹部)や下痢、血便、嘔吐などが起こるのが特徴です。
病気が起こるきっかけとして多いのは「便秘」です。便を出そうと強くいきんで腹圧がかかった時に、大腸粘膜への血液の流れが途絶えてしまうことで発症します。さらに、高脂血症や糖尿病、高血圧をお持ちの方は、動脈硬化によって血管が細くなっているために腸の虚血を起こしやすいと言われています。
典型的な症状の方は問診だけでも診断が可能ですが、必要に応じて大腸カメラで診断を確定します。ほとんどの方は軽症であり、安静にしていれば数日で治ります。
抗生剤、痛み止め、胃酸を抑える酸分泌抑制剤、抗がん剤などの副作用として下痢を認めることがあります。内視鏡検査(大腸カメラ)で薬剤性を疑う腸炎が認められる場合には、疑われる薬を中止することで下痢が改善するかどうかを見極めます。
膵臓は糖質、タンパク質、脂肪を分解する消化液(膵液)を分泌しています。膵臓が炎症を起こして膵液の分泌が少なくなったり、がんなどの腫瘍によって膵液が出る管が塞がれたりすると、食べ物に含まれる脂肪分が消化吸収されなくなり、ギラギラした脂分が混じった下痢便(脂肪便)を生じることがあります。
膵臓の異常は血液検査や腹部超音波検査で診断します。
下痢を起こすのは消化器の病気だけではありません。
甲状腺機能亢進症は、体の代謝を調節する甲状腺ホルモンの分泌が過剰になった状態で、下痢を起こしやすいだけでなく、食べても食べてもやせる、疲れやすい、汗をかきやすい、よく眠れない、心臓がどきどきするなどの症状がみられます。
女性に多い病気で、血液検査で診断します。
下痢をしている時には、体内の水分と電解質(とくにナトリウムとカリウム)が失われますので、経口補水液やスポーツドリンクなどを意識して補給することが大切です。
消化が悪い脂質が多い食事、コーヒー、アルコール、香辛料の摂取はできるだけ控え、下痢を誘発しやすい特定の食品がある場合には、摂取を避けた方が良いでしょう。
下痢止めの薬には、腸の動き(ぜん動運動)を抑える薬、便の水分を吸い取って便を固める薬、乳酸菌などの整腸剤、殺菌作用のある薬などいくつかのタイプがあります。
しかし、安易な下痢止めの使用は、原因によってはかえって事態を悪化させることもあります。下痢の原因を特定してから治療の方針を決めることが大切です。
感染性腸炎の場合は、原因となっている菌やウイルスが体外に排出されないと治らないため、基本的に下痢止めは使用しません。
炎症性腸疾患など腸の炎症が下痢の原因となっている場合にも、下痢止めは根本的な治療にはならず、炎症を抑える薬によって治療を行います。
西宮市田中町5-2西宮駅前メディカルビル3F
「ひだ胃腸内視鏡クリニック」院長 樋田信幸
日本消化器内視鏡学会専門医
日本消化器病学会専門医、評議員
日本消化管学会胃腸科専門医